別に欲しかないんだがリスト
別に欲しくはないのだが…と思ってるリストを公開します。
·体重計
一人暮らし開始とともに購入したやたら機能がたくさんあるわりに激安だった体重計があっという間に壊れて以降、体重計を持ってない。もう5年はないままだ。
でも銭湯やスーパー銭湯によく行くので、行ったうち4回に一回くらいは測っている。
「だいたいこんなもんだろ」って思っている範囲内なら別にいいやと思っているのでなかなか測らない。見た目そんなに変わってないし。私は肥満というほど太ってはいないが、絶対に痩せてはいないくらいの体型だ。
と、思ったら先日自分で思っていた範囲内を超えたので、流石に気にした方がいいかも…と思った。
そうして腹をヘコませ呼吸を意識しながらいつもより余分に歩くやつをやったり、低罪悪感の食事をちょっと心がけるなど、ぬる〜〜〜〜いダイエットを始めた。
昨日風呂の前に鏡で見て「ちょっと痩せた気がするぞ」と思った。風呂上がりに鏡で見たら「いや、わかんないわコレ」と思った。
こいつはシュレディンガーの肉…体重計がないとわからん…
そんなこんなで年貢の納め時かもしれない。これはもう買わなきゃだめかな。
やだな〜〜〜〜〜〜
体重計なんかなんも面白くないんだから。
·布団乾燥機
梅雨で洗濯が間に合わないんです。
そんな話を職場でしたら、布団乾燥機をおすすめされた。
確かにこれなら洗濯物は乾くわ冬はあったく寝られるわでそんないいものはないわ。
お値段も2,000円台からあるぞ!よっしゃ買おう!
と思いつつなかなか調べなかった。昨日改めて調べたら2000円台なんてなかった。4,000円台も後半とかから、主流のは一万円とかだった。最初に見た2,000円台はなんだったんだ。幻か。
その為に5,000円弱を出すのはちょっとな…しかし現に洗濯物が乾かないし、特にシーツを洗いたいのに乾かないことを考慮するとなかなか洗えないし、一番近いコインランドリーを使ったときに手ブラのおじさんが入ってきて一曲なんだか歌って帰って行った時の妙な緊張感が嫌だったからそこは行きたくないし…
これも買うのか…?
やだな〜〜〜〜〜〜〜〜〜
·ファンデーション
今使ってるのがあるから今は要らない。ただなくなったら当然買うわけだが…
ファンデーションって数ある化粧品の中でも買うとき全然楽しくない。かと言ってノーメイクで居られるか?といったらそこはちょっと心許ない。居られるか?じゃないな。戦えるか?だな。
ちょっと戦えないんだよな…ちょっと、戦えないんだよな…
戦いたいなあ。本当はファンデとか無しで戦いたいなあ。
肌がほんの少しマシに見えるだけのものに4,000円ちょっと使いたくはないな。
(ちなみにメイクをしない男性には安心してもらいたいんだけど、4,000円ちょっとでも一個買えば半年くらいは使える)
決して欲しくはない…
·ストッキング
しょっちゅう怒ってるぞ。これに関しては。
要らん要らん!誰がビジネスマナーとして定着させたんだこれ!
私はしょっちゅうストッキングにキレてるけどそれは先にストッキングの方がしょっちゅうキレてるからだぞ。
クールビズでノーネクタイならクールビズでノーストッキングにせい!
最近はどうせ破れるから100均で買ってるけど100円で買って1~2回しか使えないってどうかしてる。
欲しくないぞ!全然欲しかないぞ!なんで買わなきゃならんのさ!
·新しいPC
もうこれは先日普通の日記で書いたからいいや。
以上、別に欲しかないんだがリストでした。
普通の日記 ラズベリー/夢/歯
普通の日記、毎日やるわけではないが、たまたま2日連続になった。
一個目
エクセルシオールカフェで気になってたフルーツティーを飲んだ。
紅茶の中に紅茶ゼリーがちょっと入っててパイナップル、ブルーベリー、ラズベリーが入っているやつ。高い。高いけどずっと気になっていたので…
私は何度ラズベリーの見た目に騙されるのだろうか。ラズベリーって可愛くて美味しそうなフルーツだけど、噛んだ時の食感最悪ではないですか?間違えてなんか固いもの噛んじゃった時の感じに似てる。種の感じが。ラズベリー賞って実はそういう不快感からきてる命名なのかな?他は美味しかった。美味しいけど、飲むか飲まないか迷ってる人には別に飲まなくていいとお伝えしたい。値段ほどの良さはない。そのお金でお昼ご飯一回食べられますからね。
ところで写真はない。「よーし、記事にしちゃうぞ」って時以外にあんまり写真撮らないから…
よく見るとこれにも何故かラズベリーの写真が…なんで香り付きにしたのか理解できない。四枚刃のカミソリのハンドルのにおい嗅ぎます?女性向け製品って意味不明に香り付きが多い気がする。いりません。
二個目
妙な夢をみる度に「こんな夢、占えるもんなら占ってみろや!」と長年思っていたが、最近実は占えるんじゃないかという気がしている。根拠はないけど。一度だけ占ってみて欲しいかもしれない。夢で見た話をよくするし、夢から作品の着想を得たりするので私にとって夢は大事。ハンドルネームの由来も夢が元になっている。多分。
なぜ多分かというと覚えてないからだ。日曜日の早朝に「面白い夢を見たな」と思いながら起きてスマートフォンに事細かにメモをした。はずだったが、次に目が覚めたときに手元のスマートフォンには2つのことしか書いていなかった。途中からメモする夢だったのだ。
メモには
·バーチャル炊飯器
·お茶がないからようかんで代用するおばあちゃん
が残っていた。どっちも覚えていない。
当時ちょうど長年鍵アカウントで使っていたハンドルネームを変えたくて候補を考えている中で「バーチャル炊飯器はアリかも」と思ってそうした。呼びづらくてご迷惑をおかけしているが。
「お茶がないからようかんで代用するおばあちゃん」にしなくてよかったとは思っている。
三個目
とても久しぶりに歯医者に行った。そろそろ来いというハガキを去年の今頃もらった気がする。
しかし、歯の手入れに関しては褒められた。虫歯もないし歯石も全然ない。いい手入れをしていると言われた。褒められると気分がいい。私は歯磨きが丁寧と言うよりはどこまで磨いたか磨いているうちに忘れてしまって、磨き直しているので結果的によく磨けているのかもしれない。このままどこまで磨いたのか忘れ続けていいと言うことですね。よかったよかった。
別にトピック3つと決めたわけでもないけど今日も3つだった。
普通の日記 PC環境の話/仕事のコンディション/服の話
ついオチをつけようとか面白くみせようとか思って書きがちだが、今回はそういうものを意識せずに日記を書いてみた。
一個目
インターネットで記事を書いたりしているが(と言っても仕事ではなく完全に趣味で)、基本的にノートPCを使っている。
こいつがもうそろそろ使えなくなるかも。
確か8年前くらいに買ったんだろうか。ヤ○ダの5年保証にお世話になりながら使ってきた。何度か修理に出したが、一度「外装以外全交換しました」と言われたことがある。
見た感じ今までと変わらない人が中身だけ別人になったみたいで気持ち悪かった。
もうここまで来たら外装も交換してほしい。そんなことまで望んだらクレーマーか。そんなこんなで8年使ったが、実質今の中身で使ったのは4年くらい。5年保証は切れた。
半年前から起動の度に「内蔵バッテリ交換しないと65%まで充電させんぞ、あぶないから」というポップアップは出ていた。しかし毎度ポップアップを見るうちに気にならなくなってしまった。
そして先日これが出た。
そう、Windows7のサポートは今年いっぱいで終わる。お知らせが出てしまった。
知ってはいた。
面倒なので気にしないふりをしていた。
記事作成にPCを使っている以上、なんとかしなくてはならない。
このPC君はは果たしてWindows10へのアップデートに耐えられるのだろうか。元々挙動が怪しい事があるから不安だ。もし不具合がでるようならそろそろ買い替えを検討したほうがいいかもしれない。
これが嫌でたまらない。
昔は何を買うにしてもコスパやスペック、メリットデメリットを比較して買うことを楽しんでいたが、もう今は面倒くさくて仕方ない。
服一つ買うにもいろんなお店を見て比較して…を粘り強くやれていた昔が懐かしい。
この面倒くさい気持ちは年々強化されている気がする。あと数年たっていよいよ…という時にはもっと面倒なんだろうな。
二個目
事務の仕事をしている。今週は楽しく出勤している。
仕事は「永遠に仕事なんてしなくて済めばいいのに」と思う時もあれば楽しくてやりがいがあると思うときもある。これは仕事の量や大変さによらない。毎日死にそうな顔で出勤してる時期と眼力バリバリで出勤してる時期とで仕事の中身は大差ない。死にそうとバリバリの中間があればいいのだが、それはない。難儀だ。実際そういう体調のコントロールが難しい持病があるのでこれはもう一生難儀だ。
この難儀さを認めると死にそうな時期はラクになる。
やっかいなのは実は楽しい時の方だ。こっちを抑えれば死にそうがラクになるはずなのだが、楽しさをセーブするのは難しい。
楽しいために生きている以上は。
三個目
最近全然服を購入していない。
これはありがたいことで、ようやく服の自転車操業から抜け出せたということだ。
会社に行くのにラフすぎない、アイロンがけのいらない、体型にあった服が十分ある。昨年までは20代から30代になるにあたってどうしても服のスタメンがいまいちあわなくなったり、体型の変化があったりしてどうしても買い替えが必要だった。でももう服を買うのなんて全然楽しくないので(特に会社用の服なんか)、買うならオシャレな服を…とは思いつつも買わないで済むようにならないかなと思っていた。今年はなってる。服解脱。
一つだけ楽しい服選びがあって、一年に一回だけ、一着だけの買い物で、原宿のシカゴで古着のワンピースを買うのだけは楽しい。
今年もこれはやりたい。
前回行った時に真夏だったので、買い物のあとどっかでビールを一杯飲んで帰りたくなった。しかし原宿は行列のできるオシャレカフェばっかりだ。もしくは中ジョッキ一杯600円〜のような私から見るとリーズナブルではない店ばかり。
うんざりしつつ歩いていると、オシャレカフェ行列のメインの通りから少しはずれたところに小さいちょうちんと「ちょい飲みセット」の書かれた黒板が出ていた。ビールにちょっとした(でも一人でなら満足な)料理がついて500円台だった。見ると小さいおでん屋である。おでんが好きなのと、ビールを絶対飲みたい気持ちもあり入った。
店内は古そうだが清潔感があった。カウンター席で、居るのは数人の常連のようだった。おでんをいくつか食べたかったのだが、おでんの種類はメニューにないようなので聞いたところ、常連の方々がおすすめなど教えてくれた。常連以外が来るのが珍しい店なのかもしれない。
周りの人が親切で、たまに少し話しかけてくれるものの距離感が適度で実に居心地が良かった。私も常連になりかった。しかしそれには原宿は遠いのだ。
今年もシカゴの帰りに行きたい。失礼な心配だが、まだあってほしい。
爆音自動車の自意識
こっちのブログを完全になかったものとして扱っていたが、せっかくあるブログなので何らか書きたい。
ブログタイトルは変えるかも。丁寧に暮らすことへのカウンターとして最近雑に暮らすの流行っている感じがするので。
一昨日、駅前で窓全開·大音量の音楽を流している車を見た。
別に珍しい事ではない。
最近の私は「なんかあったら記事にしたろ」という意識がにわかに過剰なので、話のタネにいいと思い流してる曲がなんなのかをアプリで調べようかと思った。
このアプリは無駄に選曲センスがいい事で知られる西友で、買い物中に流れていたセンスのいい曲を調べる目的で入れており、近所に西友がなくなった今久々のお出ましである。
そうしてスマホを取り出そうとしたが、やめた。
爆音自動車の方をふと見た。片手を窓の縁から出してニヤニヤしながら信号を待つ男は少なく見積もっても40歳くらいだった。助手席にも後部座席にも人は居なそうだ。
怖い。どういう自意識なのかわからない。
産まれてからいままでにどういう人生を歩んだら、そんなに歳を重ねてまで、他にイキる仲間もなく「学校の放送室を占拠してロックを流してやったぜ」みたいなご満悦な顔ができるのだ。
もしかして善行だと思ってるのか。
あるいは社会への反抗だろうか。
駅前一帯をダサい曲で満たす事で「ざまあみろ」と思っているのか。
そう、曲が進んでいくうちにわかったが、曲がびっくりする程ダサいのだ。
多分街の人もうるささ以上に(何コレ?何何?)と思っていただろう。
おじさんが善行(あるいはその方がかっこいい思って)としてやっているのか社会への反抗としてダサい曲を流しているのかわからないが、この曲が何なのかをここで同定しようとすること自体おじさんの罠にハマっていると思った。
自意識不明おじさんの影響で曲を意識するなんて。
なんとなくその方が負けだと思った。
そうしてアプリの出番はまたなかったのだが、これを書いている今、私はきれいさっぱりその曲自体は忘れたので調べなくて良かった、勝ったと思っている。
調べたら「この曲か〜」と思っておじさんの影響が長引いたことだろう。
ただダサかったという記憶が残った。
急に2016年のドラマをレビューするしアフィリエイトも付けちゃおうと思ったが失敗した~ドラマ「ちかえもん」~
前回、私は次に書くものの予告をした。
でも別のものが先にでちゃったので、それは先送りする。
近年、テレビを真面目に見ていない。
昔は毎週楽しみにしていた番組などがあった気もするが、それは家族と一緒に見て笑いあったりつっこんだりしていたから楽しく見られたのかもしれない。
一人暮らしとなると毎週その曜日、その時間になったらテレビを見るという習慣がなくなった。
なんならテレビってちょっとうるさいなどと思う事もある。
ただつけていないと時間の経過に気づきにくく、無音の部屋で気がつけば夜中になっていたなんて事もあるので、音量3くらいでつけてはいる。
そんな風にテレビとは距離のある付き合い方をしているのだが、ここ数年の間に一つだけ、毎週その曜日に早く帰ってテレビをつけて待つなどという殊勝な事を私にさせた番組があった。
NHK木曜時代劇「ちかえもん」である。
時代劇とは言うものの、江戸の話なのに昭和のヒット曲の替え歌やアニメーションなどが入る。人のリアクションなども現代人的だ(というか大人計画的か?)。かなりコミカルなドラマである。
この「ちかえもん」というのは、松尾スズキ扮する主人公の近松門左衛門のことだ。
かつては人形浄瑠璃で大ヒットをとばしブイブイ言わせていた近松がスランプに陥っていた時に現れた不思議な男、万吉につけられたあだ名が「ちかえもん」だ。
近松はこの頃老人であるのだが、全く褒めて貰えなくなってスネていた。結構面倒な性格をしているのだが、そこが不思議とかわいい。「ちかえもん」と名を縮めて呼ばれた時もリアクションとしては怒っていたが、(かわいく呼んで貰えてうれしいかも…)とモノローグが入る。
そんな近松の前に現れた万吉の不思議と人を巻き込む力に見事に巻き込まれ、振り回されながら物語は進む。
万吉は「不孝糖売り」だ。
この時代は将軍が孝行者に褒美をよこすなどしていたため、世はまさに大「孝行」ブーム。
江戸の町人はすぐにそういったものにあやかるため、「親孝行に育つ『孝行糖』ですよ」などと、町中で菓子を売り歩く者が多発していた。
反して万吉は親不孝を推奨して「不孝糖」を売る。逆張り野郎である。逆張り野郎だが、性格は天真爛漫だ。
ちなみに万吉の不孝糖を売る際の歌·口上は一度耳にするとオノデンボーヤの歌くらいのイヤーワーム性がある。
このドラマの筋は近松門左衛門の画期的大ヒット浄瑠璃、世話物である「曽根崎心中」がベースになっている。
曽根崎心中は悲劇だ。かなり乱暴に言うとロミオとジュリエットに似ている。
しかし不思議で天真爛漫な不孝糖売り万吉とそれに振り回されるめんどくさいジジイ近松のコンビによるてんやわんや。
更にその他登場人物もかなりツッコミどころ満点で魅力も満点。
それらにより悲劇であるはずの曽根崎心中ベースの話が全体的にポップなコメディになっている。
それでいて、「孝行って実のとこなんなん?」と問う内容にもなっている。
「孝行しなきゃ、孝行しなきゃ」と孝行に精を出した結果、自分らしさを失うのは孝行なのか?
孝行のために自分が不幸になるのは本当に孝行なのか?
かと言って孝行を全く意識せず生きるのは、それはそれで孝行ではない。
孝行という概念自体に「お前はなんなんだ?」と問うている。
この作品は単純なコメディドラマとしても楽しく、江戸の文化·考え方を学ぶきっかけにもなり、人形浄瑠璃(文楽)への興味がわき、物語の考察の余地もたっぷりとある、人情に癒やされる、良いところが盛りだくさんなものだ。
そして劇中の不孝糖売りと年増遊女は劇中では全くそんなことはなかったのだが、リアルに俳優と女優の夫婦として結婚した。
ここにちかえもんのDVDのAmazon商品ページを貼りたかったが、Amazonアソシエイトの審査に「記事足りなすぎ、出直せ」と言われたのでなくなりました。
のちのち認められたら貼ります。
捨てて後悔したものランキング
これまでの人生で捨てて後悔したものをランキング形式で紹介したい。
捨てて後悔したものランキング
5位 新品のブーツの片方
もともと片付けが苦手だ。
引っ越しの直前、ボロボロになった黒いブーツと、デザインはほぼ同じ新品のブーツの片方ずつを組み合わせて捨ててしまった。
引っ越し後、当然両方ゴミになってしまい捨てた。
新品だぞ!!
4位 スラムダンク全巻
「捨てた」というより「売った」が正しい。
実家暮らしの際、片付け以前に物が多すぎる。漫画などせめて1/3は処分しろと言われ、事実片付けられてないのでやむなくリストラした中にスラムダンク全巻があった。
もう十分読んだしなと思って。
しかし、あれって時々無性に読みたくなるんですよね…
結局古本屋で徐々に買い足してその後全巻揃えた。
それから数年後、実家が引っ越すことになった。
ここでもいくらか物をリストラする必要があった。
その中でまた、スラムダンク全巻が対象になった。
もう十分読んだしなと思って。
しかし、あれって時々無性に読みたくなるんですよね…
結局古本屋で徐々に買い足してその後全巻揃えた。
そして今度は経済的な余裕がなかった時に何でも売れる物売ろうってスラムダンク全巻も売った。
もう十分読んだしなと思って。
しかし、あれって時々無性に読みたくなるんですよね…
結局古本屋で徐々に買い足してその後全巻揃えた。
こんな感じでスラムダンクを全巻売って全巻揃えるのを3回繰り返した。
今は全巻ない状態だ。また売った。
今はTSUTAYAで漫画のレンタルがあるからいいですね。
では後悔してないじゃないかと思うかもしれないが、徐々に買い足す度に「私は一体何をしてるんだ…」と小さい後悔をしまくったので、トータルでの後悔度は高い。
3位 Nexus7の純正ケーブル
Nexus7が流行ってる頃にNexus7を買った。
そして長い間放置しているうちに、完全放電してしまった。
いろいろなサイトに書いてある完全放電の対策には「純正ケーブルで」と書いてあるが、「ケーブルなんて規格があってれば同じでしょ」と普通のmicroUSBのケーブルで試した。
しかし、何をしてもうまくいかないのだ。
電源と音量ボタン同時押しとか、本体をパカッとあけて一箇所挿し直したりもしたが、本体が熱くなるばかりで画面はうんともすんともいわない。
どうやら、Nexus7の純正ケーブルは普通のmicroUSBケーブルと少し違うらしい。
microUSBのコネクタ内の真ん中の金属部分がないとかで。
しかし、純正ケーブルを買う気にもなれない。
買ってそれでも動かなかった時の事を考えると、純正ケーブルってビミョーに高い。
そうしてうんともすんとも言わないNexus7をどうしようと思っている。
ここで、2位と3位の間にはかなり大きな隔たりがあることを宣言しておきます。
2位 デザイナーの名前を失念して全く情報が見つからないセクシーな女の子の絵のシール
中学〜高校生の頃、たしかヴィレヴァンみたいな店で見つけてハマって集めていたのだ。
目が大きなつり目で唇厚めのちょっとセクシーな服を着た女の子のかわいいシール。
線画っぽいやつ。
シールと言っても内側のフィルムを剥がしてこすりつけてから外側のフィルムを剥がして貼るやつだったと思う。
当時はそういうシールが多かった。
学校で使うあらゆるファイルに貼っていた。
特にアフロヘアの女の子が泡風呂に入っているやつが印象的だった。
しかし、使っていたファイルそのものか劣化するときに、その貼ってあったシールも捨てた。これは仕方ないとは思う。
しかし、今でもあのデザインは大好きなのだ。また欲しい。
あのデザイナーがまだやっているならぜひ商品が欲しいのだが、全然検索にひっかかってこない。手がかりが少なすぎる。
二度と手に入らないものの後悔はでかい。
1位 mc Sister
私が小学校5年生〜中学2年生頃まで愛読していた雑誌だ。今は休刊している(事実上廃刊)。
私にオシャレというものがあることを教えてくれた雑誌だ。載っている服は小学生〜中学生のお小遣いでは高かったので、必死に安いブランドで似ている服を探しまくった。
当時は丸一日ショッピングモールを歩き回って試着しまくってと熱心なものだった。
今は服買うのめんどくさい。必要だから買ってる。おしゃれな方がいいけど必死ではない。
載っているファッションも素敵だったがモデルさんも魅力的で、私はボーイッシュな成松阿留奈さんになりたかったし、甘い雰囲気の千葉アリサちゃんも好きだった。
当時人気絶頂の吉川ひなのちゃんもたまに出ていた。
時にはおねえさん的位置付けで先輩モデルのはなちゃん(関係ないがタイカレーにそうめんが合うことを提唱した最初の人だと思う)が出たり後期には今や女優として大活躍の杏さんも居た。
当時は読者モデルはゼロではないものの、髪型の特集だけとか座談会的なコーナーに出ているだけで、シスターモデルという専属モデルが主に誌面を飾っていた。
それがなんともかっこいいのだ。
当時はコギャルが全盛期だったのである意味浮いていたくらいだと思うが、ベーシックで「地味かわいい」服やトラッドでかっこいい着こなしをさらっとこなしていて、いつまででも眺めていたいと思ったものだ。
最初に買った号からずっと買いだめてベッド下収納に保管していた。とはいえ根が雑なのでキレイに保管していたわけではない。
しかし例によって全然片付けが出来ない私は「片付けい!」と親に言われ、やはり物多すぎ問題に直面した。
仕方ない、雑誌はいつまでもとっておけないしな…と捨てたのだが、せめてと思ってお気に入りの写真を切り抜いてコラージュしてから捨てた。
自作のコラージュをしばらく壁に貼っていたのだが、残念な事に私の編集能力が全く力及ばず、めちゃくちゃダサいコラージュだったので捨ててしまった。
その後、mc Sisterのことを思い出すことは長いことなかった。
実はmc Sisterは途中から雑誌の形態が背表紙がちょっとある状態から週刊誌によくあるタイプの形態に変わってしまって、その時からすでに「なんか違う」と思いはじめていた。なんか安っぽく感じた。
こっちのmc Sisterに対するテンションが捨てた時には少し下がっていたのだ。
そして程なく大手デパートの子供服売り場で「mc Sister」というロゴが入っただけの正直ダサい白Tシャツが売られ始め、「mc Sisterが魂を売ってしまった」と思ったころ、mc Sisterは廃刊してしまった。
捨てたのを後悔したのは割と最近の話だ。
2~3年前にどこかのまとめサイトで「mc Sister読んでた人」みたいなものがあったので、見た。
ただ私はmc Sister終焉の頃に読んでいたものの、歴史が長い雑誌なので、あのまとめの中の人の世代はまちまちだったかと思う。
ちょうど私世代の写真は少ないか、なかったと思う。
しかし確実にそれに影響され、「そういえば成松阿留奈さんカッコよかったなあ。また見たい。」と思って画像を検索をしたのだ。
しかし、全然ないのだ。mc Sisterの頃のボーイッシュでカッコいい成松阿留奈さんの写真が。
あるのは大人になってからのロングヘア美女の阿留奈さんの写真。
ロングヘア美女もいいんだけど、私はあの頃のショートヘアでボーイッシュな彼女の写真をたくさん見たかった。
ないのかあ…
もう手に入らない、あの頃のmc Sister。
確かに捨てた時にはトキメキはなくなっていた。
そしてあの時捨てなくてもきっと引っ越しの時などに捨てていただろう。
しかしあの雑誌は私のファッションという物を見る目を育ててくれた大事な雑誌でもあった。
モデルさんを見て「素敵だ、こうありたい」と思えた事も思春期の自分には宝だった。
ある意味青春だった。
青春を捨てると後悔は大きい。
捨てて後悔してるものランキング、ダントツ一位でmc Sisterだ。
しんみりしてしまったので、次回は「捨てなくてよかったもの」について書きたい。
ランキングにするかどうかは未定です。
浅はかライフハック
片付けが苦手な上に面倒くさがりで片付けようとしない。
人が来るような用事でもない限り頑張って片づけたりはしていない。
そのクセ最低限の見栄はある。
我が家に人が訪ねてくる用事としては、宅配や消防点検、壊れた設備の工事くらいである。
中でも宅配は多い。なるべくコンビニ受け取りにしているが、なぜか出来ないやつもある。しかし宅配は玄関先でしか対応しないから、玄関先とそこに続く廊下だけキレイにすればいい。
ところがキレイにしてないのだ。
玄関先と廊下だけキレイにすれば済む話なのに、してないのだ。
「キレイにすれば済む話」の「話」が通じる人間ならそもそも散らかして放ってはおかない。
しかし宅配業者に「こいつの部屋きったな・・・」と思われたくはない。最低限の見栄だ。
ではどうやって玄関先で部屋の散らかりを感じさせずに宅配の荷物を受け取るのか。
答えは「照明を全部消して出迎える」だ。
こちらは真っ暗、荷物を受け取るときにドアをなるべく大きく開けずに受け取れば汚さが見えないはずだ。
そう思って照明全消し戦法で今まで宅配業者と対峙してきた。
ところで普段の帰宅時、ドアの隙間から部屋の中を見ることはない。
防犯意識があるため、最低限の幅でドアを開け→隙間からスッと入り→後ろ手に鍵を締め→チェーンをかける
これを秒でやってるから、「ドアを開けたらすぐ見える景色」は知らなかったのだ。
ある時宅配便をいつものように照明全消しで出迎えた後、「そういえばこういう時、向こうにはどう見えているんだろう?」と思った。
思うのが遅すぎではある。今の住居に住み始めて一年以上経って思った。
玄関ドアを開けて周りに人が居ないのを確認したあと、外に出てドアを少し開け、宅配の人が来る時の角度で見た。
確かに真っ暗だ。具体的な散らかりはわからない。
しかしどうみてもなんだか散らかっているし、散らかりの閾値を超えているのは気配で完璧にわかった。念能力が無くても大丈夫だ。わかる。
照明を全消しして具体的な散らかりを観察されないことと引き換えに、気配的には明らかな散らかりと「なんでこいつの部屋真っ暗なんだよ、ヤバい」という不審さが出てしまった。
あ~、これは今までずっと失敗してたわ。新しい戦法考えないと。
そう思って半年が経った。